バーテックス・インベストメント・ソリューションズ株式会社 クオンツ運用部
ポートフォリオマネジャー 羽瀨 森一
<サマリ>
- 資産配分における60/40ポートフォリオの考え方は、大規模な運用を行う年金基金やソブリン・ウェルス・ファンド(政府系ファンド)で現在も用いられている
60/40ポートフォリオの今
前回は、60/40ポートフォリオが誕生した歴史的な経緯をご紹介しました。今回は、60/40ポートフォリオが現代においてどのように捉えられているかを見たいと思います。
60/40ポートフォリオの登場から今に至るまでの間、投資を取り巻く環境には様々な変化がありました。例えば、金融グローバル化の進展に伴い、世界の株式や債券に国際分散投資を行うことは、新興国も含めて一般的になってきています。さらに、ETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)の登場に伴い、金や原油といった商品や不動産にも容易に投資できるようになりました。最近では、非上場資産であるプライベートエクイティ(未公開株式)や、銀行以外の主体が投資家から集めたお金を企業に貸し出すプライベートデットなどへの投資環境も整備され、先進的な投資家はこれらを活用しています。また、二酸化炭素排出権への投資、自然災害への保険リスクを引き受けるCATボンド(大災害債券)など、株式や債券といった従来の伝統的な資産クラスとはリターンの相関性が異なる新しい投資対象や手法、いわゆるオルタナティブ投資のフロンティアも拡大傾向にあります。
このような環境の変化に伴い、先進的な投資家、特に米国の一部の大学基金では純粋な意味での上場株式への資産配分は3割程度になっていると言われています。このため、昨今では投資対象を株式と債券の二種類のみで考えるケース自体が減ってきました。そのため、株式・債券のみで考える60/40ポートフォリオという考え方が今でも通用するのか疑問に思う方もいるかもしれません。
しかしながら、このような環境の変化があってもなお、60/40ポートフォリオという伝統的な資産配分の考え方は依然として用いられています。企業年金では会計基準変更の影響等もあり 1 、株式への配分は減少傾向にありますが、公的年金やソブリン・ウェルス・ファンド 2 (以下、基金等)などでは「一定のリターンを長期的に獲得するために必要な最低限のリスク量」を算出する際に60/40ポートフォリオに近い配分が示される 3 ことが多くあります。
実際の例を見ていきましょう。例えば、日本の公的年金の積立金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、長期的な観点から定める基本ポートフォリオ 4 として、株式(国内株式+外国株式)と債券(国内債券+外国債券)の比率を50:50に定めており、概ね60/40に近い資産配分を採用しています。また、2021年度に科学技術振興機構(JST)が運用を始めた大学ファンド 5 は、基本指針として、株式:債券=65:35のレファレンス・ポートフォリオ(リスクの管理に用いる資産構成割合)を示しており、これも60/40に近い資産配分と言えます。また、同じく公的年金を運用する機関の1つである国民年金基金連合会の基本ポートフォリオ 6 は株式:債券=55:45となっています。
次に海外にも目を向けてみましょう。カナダの公的年金積立金を運用するカナダ年金制度投資委員会(CPPIB)では、株式:債券=50:50が年金の支払いを十分に行うためのリターンを獲得するのに最低限必要なリスクテイクの割合としており、実運営上はより高いリターンを得るために市場環境評価に応じてリスクテイクの割合を定期的に調整するとしています。2024年現在の比率は、Base CPPのファンドで株式:債券=85:15、よりリスクの低いAdditional CPPのファンドで株式:債券=55:45となっています 7 。また、ノルウェーのソブリン・ウェルス・ファンドであるノルウェー政府年金基金(GPFG)では、株式と債券の基本配分比率 8 を70:30、スウェーデンの公的年金運用を行うスウェーデン公的年金運用基金(AP基金)のうち、例えば第1公的年金(AP1)では現在適切な株式の配分は65%程度 9 であるとしています。ほかにも、オランダ公務員年金基金(ABP)は、伝統的な株式:債券=60:40を資産配分ベンチマークとして意識した資産配分 10 を行っていますし、シンガポールのソブリン・ウェルス・ファンドであるシンガポール政府投資公社(GIC)はリファレンスポートフォリオ 11 を株式:債券=65:35と設定し、このリスクに見合うような政策ポートフォリオを構築しています。
さて、これらの基金等は、いずれも大規模な資金を有利かつ安全に運用する洗練された機関投資家として世界的にも認識されています。表1は、これら基金等の株式:債券の資産配分割合と目標リターンを開示資料からまとめたものになります 12 。
長期的なリターンの 目標(想定)水準 |
物価上昇率2% でのリターン |
株式:債券の 基本配分 |
|
GPIF(日本) | 物価上昇率+2.8% | 4.8% | 50:50 |
大学ファンド(日本) | 物価上昇率+ 3% | 5% | 65:35 |
CPPIB(カナダ) | 物価上昇率+3.3~3.7% | 5.3~5.7% | 50:50~85:15 |
AP1(スウェーデン) | 物価上昇率+3~4% | 5~6% | 65:35 |
GPFG(ノルウェー) | 物価上昇率+3% 13 | 5% | 70:30 |
ABP(オランダ) | 開示なし | 約6% 14 | 60:40 |
GIC(シンガポール) | 開示なし | 6.6% 15 | 65:35 |
各機関のホームページよりバーテックス・インベストメント・ソリューションズ作成
ここから確認できることとしては、概ね、各基金等の目標リターンは「物価上昇率+3~4%」程度の範囲にあり、基本資産配分は「株式が5~7割、債券が3~5割」の範囲となっていることです。つまり、これら基金等の株式と債券の資産配分割合は、平均的には株式60%、債券40%に近いことが確認できます。このことから、60/40ポートフォリオは、世界の洗練された機関投資家が、物価上昇率+3~4%のリターンを得るための必要最低限のリスク量として考える株式と債券の資産配分割合であり、それなりに信頼性の高い数値であることが分かります。60/40ポートフォリオは、現在でも多くの基金等が参照するリターンとリスクのバランスが取れた資産配分の1つであると言えるでしょう。
目標リターン達成に対して、必要な分だけのリスクテイクを行うこと、そのための適切な資産配分を考えることは、基金等の運用を行う機関投資家に限らず、将来に向けた資産形成を行う個人投資家にとっても重要な論点です。投資対象資産や投資手法が多様化し続ける現代においても、60/40ポートフォリオが資産配分の有用な指針として機関投資家の中で活用されていることを鑑みれば、個人の資産運用においても、株式100%のみではなく、60/40ポートフォリオのように株式と債券のバランスをとった資産配分を検討していっても良いのではないでしょうか。
今回は、公的年金やソブリン・ウェルス・ファンドなど長期投資を行う機関投資家の資産配分割合を確認することで、60/40ポートフォリオの考え方は現代でも有用であることを紹介しました。次回は、60/40ポートフォリオの数値上の特性についてお話したいと思います。
- 企業年金の資産構成で株式への配分が低下している背景として、年金財政基準の厳格化、退職給付会計の導入、高齢化の進展や受給者増加に伴う年金成熟度の高まりなどが指摘されています。(第29回社会保障審議会企業年金・個人年金部会資料)
- ソブリン・ウェルス・ファンド(Sovereign Wealth Fund)は、国家の金融資産を積極的に運用するファンドのことで、国家ファンドや政府系ファンドとも呼ばれます。運用規模が巨大なため、世界の金融マーケットに大きな影響を及ぼす存在になってきています。
- 不動産エクイティやヘッジファンドなどのオルタナティブ資産は株式扱い、ローンなど債券的要素があるものは債券扱いとされることが多く見られます。
- 第4期中期目標期間(2020年度から2024年度)における基本ポートフォリオ。(https://www.gpif.go.jp/gpif/portfolio.html)
- 大学ファンドは、世界と伍する研究大学の実現に向け、必要となる支援を長期的・安定的に行うための財源を確保することを目的に、令和3年度に科学技術振興機構(JST)にて運用を開始しました。(https://www.jst.go.jp/fund/index.html)
- 2024年4月以降の基本ポートフォリオ。(https://www.npfa.or.jp/org/pdf/portfolio_summary_2024.pdf)
- 2016年に実施されたカナダの年金制度改革を受けて、現在、CPPIBにおける資産運用は2つの投資ファンド(Base CPPとAdditional CPP)で運用が行われています。
https://www.cppinvestments.com/wp-content/uploads/2024/07/CPP-Investments-F2024-Annual-Report.pdf - https://www.nbim.no/en/the-fund/how-we-invest/
- https://www.ap1.se/en/our-investments/portfolio-composition/
- https://assetmanagement.apg.nl/media/gyvek2ym/abp-annual-report-2022.pdf
- https://www.gic.com.sg/how-we-invest/our-policy-portfolio/
- 年金基金では、基金の財政を健全に維持するための長期的な目標リターンを「物価上昇率+α」として設定し、“当該目標リターンを達成するために取るべき必要最低限のリスク“として基本ポートフォリオなどの資産配分が設定されることが多く見られます。
- 財政ルール上の支出制約として設定される期待リターンであり、資産配分上の目標リターンとは必ずしも一致しません。
- HPより、過去20年超の実績(約6%)から算出。
- HPより、過去20年の実績(CPI+4.6%)から算出。