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コラム

長期投資とアセット・アロケーション

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60/40ポートフォリオとその歴史

バーテックス・インベストメント・ソリューションズ株式会社 クオンツ運用部

ポートフォリオマネジャー 羽瀨 森一

<サマリ>

  • 60/40ポートフォリオは長期資金を運用する機関投資家に選ばれてきた代表的な資産配分

60/40ポートフォリオとその歴史

新NISA制度が始まって半年が経ちました。2024年3月末時点における口座開設数は2300万件を超え、なかでも米国または全世界の株式の指数に投資するファンド等が人気を集めています。さて、NISAに限らず資産運用ではよく「長期投資」に加えて「分散投資」が重要であると言われます。
もちろん株式の中で1つの株ではなく色々な株を買う、というのも分散投資ですが、「リターンの安定化」という分散投資の効果は、「似ていないもの」同士を組み合わせるほどその効果が高まります。そのため、株式という同じ資産の中で分散投資するよりは、例えば異なる資産である株式と債券を組み合わせる分散投資の方が、一般的には高い分散効果が期待できます。最近は株式のパフォーマンスが素晴らしいので見過ごされがちですが、長期分散投資においては特に景気後退期に株式とのリスク分散効果がある債券も欠かせない資産です。
このように、ポートフォリオのリターンとリスクのバランスをとるために、運用資金を異なる資産クラスにどのような割合で投資するのかを決めることをアセット・アロケーション(資産配分)と呼びます。株式と債券の資産配分比率をどうするかについて、有名な方法の1つとして株式60%と債券40%(以下、60/40)という組み合わせがあるのをご存知でしょうか。

60/40ポートフォリオ

今回から始まる一連のコラムでは、長期分散投資の黄金比率とも呼ばれる60/40資産配分ルールの成り立ちとその特徴、過去のデータから学べる教訓や60/40を更に効果的に活用するために当社が用いている手法を紹介していきます。

60/40ポートフォリオの歴史

60/40という配分を最初に誰が言い出したのかははっきりしていませんが、Chambers et al.(2020)によれば、1960年代には既にFinancial Analyst Journalで資産配分のベンチマークとして60/40が言及されています。この時代は、1950年代の好調な米国株式市場を背景に、大学基金や企業年金などの大規模かつ長期の資金を運用する機関投資家が、株式への配分を増やし、株式市場における存在感を高めた時期でした。歴史的には、彼らはそれぞれ以下のような事情で株式への配分を増やしてきたとされています。

企業年金のケース

米国の企業年金では、1940年代から資金を外部に積み立てて運用する信託型の企業年金制度の活用が増える中で、徐々に株式への配分が増えるようになっていました。通常、株式は債券より高いリターンが見込まれるため、年金運用において株式への配分を増やすことで企業の拠出額を抑える効果も期待できたことから、企業は年金運用において株式を積極的に組み入れるようになっていきました。特に、1952年にゼネラルモーターズが株式を多く組み込んだ企業年金を創設し、当時の株高を背景に成功を収めたことでこれを後追いする企業が相次ぎ、企業年金における株式の高位組み入れは一般的なものとなりました。Innocenti (1969)によれば、当時は多くの企業年金で資産の半分以上を株式に配分することは珍しくなく、極端な例では株式の比率が100%になるところもあったとされています。1

大学基金のケース

米国の大学において、寄付金等で構成される大学基金の運用収益は、今も昔も大学運営の重要な資金源の1つとされています。1900年代初頭までは、大学基金の運用は比較的低リスクでインカム収入が予測しやすい債券での運用が中心だったようです。これは株式のリスクが高く、その上、株式運用の専門的な知見も大学側になかったことが理由とされています。
しかし、1940年代後半頃から、大学基金の投資意思決定に際して、大学外部の専門家の活用が始まりました。その先鞭をつけたのが、1948年にハーバード大学基金の運用責任者として初めて外部から専門家として就任したPaul Cabot氏でした。彼は大手運用会社の創業者であり、大学基金の株式投資に際してその専門性を発揮し、成功を収めました。その後、大学基金では資金の運用を外部の投資マネージャー等に委託することが一般的になり、それに伴って株式への積極的な配分が増えたと言われています。さらに1960年代後半に発表されたフォード財団のレポート“Managing Educational Endowments(通称バーカーレポート)“で、「大学基金はより積極的にリターンをあげ、財政改善に貢献すべきである」と推奨されたことも大学基金が株式投資を増加させる要因となりました。今日の米大学基金の積極的な資産運用の姿勢はこのような経緯をたどって形成されたと思われます。

大学基金や企業年金基金の運用資金は、毎年数パーセント程度の支出が存在するものの、大部分は当面支出の予定がない資金であり、ある程度の長期間に渡ってリスクを取った運用を行うことができるものです。そのため、好調な株式市場を背景に、債券より大きなリターンが期待できる株式への投資を増加させたわけですが、そうはいっても資産の100%を株式に投資するというのは流石に一般的ではありませんでした。株式はリターンこそ高いものの、やはりリスクが高い資産であるためです。そうなると、「では、どのくらいの配分割合ならちょうどいいのだろうか?」という、リスクとリターンのトレードオフが問題になってきます。

さて、なんという偶然か、ちょうどこの時期と前後する1952年に、後にノーベル経済学賞を受賞するHarry Markowitz氏が “Portfolio Selection”というポートフォリオ理論についての論文を発表しています。これは、分散投資によるリスク・リターン効率の改善とポートフォリオ最適化についての画期的な論文であり、まさに株式と債券の資産配分問題について1つの指針を与えるものでした。

これは筆者の想像ですが、当時発表されたMarkowitzのポートフォリオ理論を背景に、各基金が株式と債券について分散効果を踏まえながら最適な資産配分を検討した結果、その平均的な配分が概ね60:40になったことで、経験則的に60/40という配分が長期運用のベンチマークとして参照されるようになったのではないか、と考えています。つまり、米国における好景気と好調な株式市場、株式保有主体の機関投資家化、ポートフォリオ理論の勃興などが上手く絡み合って60/40という考え方が生まれたのだろうと考えています。

第二回では、60/40ポートフォリオが現代においてどのような位置づけとなっているのかを紹介したいと思います。

  1. もっとも近年においては退職給付会計の導入によって年金財政の厳格化が求められる中でLDI(負債対応投資)の考え方が広まったことや各基金が成熟化(高齢化)してきたこと、株式・債券以外へのオルタナティブ投資が増えたことなどにより、民間企業年金における株式資産の割合は減少傾向にあります。